| 親の手記2 |
| 5月13日の朝5時頃破水し、23時間後に難産で生まれました。3500gもある大きな赤ん坊で、顔が大きかったので赤ちゃんらしくありませんでした。お乳が出ないので病院にいる1週間は糖水を飲んでいました。 体の成長は普通に育ちましたが1才半の時、言葉(単語)が少ないと保健所の先生に言われ様子を見ることにしました。月1回保健所に通いました。そこで、先生の指示や手先のほうは問題ないと言われました。言葉のほうは2才半になっての増えることはありませんでした。どうして言葉が出ないのか不思議がられました。子供の発達相談所を紹介され調べてもらいましたが、そこでも異常なしと言われました。父親のほうは「のどがおかしいのでは。」とか「耳が聞こえないのでは。」と随分心配していました。私はよそのお母さんに「男の子は口が遅いからそのうち話すよ。」と言われていたせいかそれ程心配していませんでした。 保健所に通っているとき、息子と私のコミュニケーションが良くないといわれていたので母子で通えるところはないか探してもらいました。そこで、わかゆり学園を教えてもらい、親子で通うことになりました。私と一緒だと輪に入っているのですが一人になると輪に入れず、遠くからみんなを見ていました。無表情で暗い子だったので「この子って何が楽しいのだろう。」と考えさせられました。なんとか明るくなってもらおうと手ばたきしながら歌ったり、楽しい話をしたりしても冷たい目で見ていたように思えました。 息子が小さい頃、デパートやスーパーに買物にいくとたくさんのお客さんがいるのに、私のそばからいなくなり「迷子になった、もうみつからないどうしよう。」と必死に探しました。そして、元の所に帰ってくるわけないと思いながら行ってみるとちゃんと帰ってくるので、どうして帰ってこれるのとビックリさせられることもありました。 小学校は幸町小学校の複式に入学しました。小学校に入ってから手ばたきが始まりました。家では手ばたきはしません。お客さんが来るとうれしいのか手ばたきをします。手ばたきをするとみんなが振り向くので注目してもらいたいのかなーと思います。 幸並中学校に入学する時はとても不安でした。複式の先生たちはやさしくあたたかく接してくれてので不安も消えてしまいました。勉強も無理のないその子にあったやり方なのでとても助かります。明るい子になりました。言葉も増え、家で笑わせてくれることもあります。思春期なのかいきなり怒ったり泣いたりしてとまどうこともあります。でも、息子にとって、今が一番楽しい生活をしているのではないでしょうか。 これからも、通常学級と複式学級のダンス交流、給食交流を続けてもらいたいと思っています。 |
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